【エッセイ】イルミネーション論【2025年冬に先駆けて】①前編
イルミネーションの魅力とは?

こんにちは。 このサイトは 様々な切り口から発信源である都内ないしは日本国内、または世界のあらゆるコンテンツを語るようなサイトであってほしい。それを通して日々を前向きに過ごせる人が多くなればいい、そんな気持ちを漠然と抱えながら始めたのですが、エッセイ的な記事があれどエッセイとして投稿したものがなかったので、今回お酒も入っていることなので、少しそれらしい記事を作ろうかなと思いました。 少し抽象的ながらイルミネーションについて考えていることをこの場をお借りしてお伝えできればと思います。 さて、今回記事が長くなったため、おおまかに2つのトピックスを設け記事を分けさせていただこうかと思います。 ①イルミネーションの日本での起源 ②イルミネーションが抱える命題 この記事では①イルミネーションの歴史について。主に日本の電灯の発展とイルミネーションの起源についてまとめております。 ②ではイルミネーションが抱えるテーゼについて、主観たっぷりで進めていきます。 どうぞよろしくお願いします。

まず、今回この記事にたどり着いた方はご存じの部分も多いかと思いますが、僭越ながらイルミネーションの歴史についてふれながら、その魅力について語っていこうかと思います。 あかりがあるとかないとか、すごく原始的なよろこびなのかと思うので楽しめたほうがいいですね。というような内容でまとめられたらいいなと思います。 ~~~~~~~~
ではまず、イルミネーションとは何か、という内容から考えてみます。 一般的にイルミネーションは、光を用いて空間を彩る装飾であり、その美しさと幻想的な雰囲気で多くの人々を魅了することができるツールなのかな、と考えられます。 特に冬季には、街や公園、商業施設などで多彩な装飾として採用され、訪れる人々の目を楽しませる、といった開かれているものだと考えられます。 その起源は17世紀のヨーロッパに遡り、当時、クリスマスの際に窓辺や庭にキャンドルを灯して祝祭の雰囲気を演出する風習にならっています。 この習慣が各国で広がる中、19世紀にエジソンによって白熱電球が開発されると研究所の周りを飾り付けられ、それを期に安全で華やかなイルミネーションへと発展しました。 また、1510年、礼拝の帰りに星空の美しさに感動したルターが自分の子供にも見せたい、と言う気持ちから、モミの木を家の中に持ち込み、枝の先端に星空を想起させるように小さなキャンドルを飾ったという逸話も知られており、この家庭での光の演出がイルミネーション文化のルーツの一つとされています。 こうした宗教的な背景と技術の進歩が相まって、イルミネーションは広く普及したとされています。 日本では明治時代に電灯が導入されるとともにイルミネーションが取り入れられ、現在では季節の風物詩として定着しました。 特に、日本でのイルミネーションの導入として特筆すべき点は以下になります。 神奈川: 1872年(明治5年) (横浜でガス灯が初めて敷設) ➔文明開化のはじまり 東京 : 1874年(明治7年) (銀座で85基のガス燈が点灯) ➔文明開化の象徴 東京 : 1878年(明治11年) 政府が初めて電気街灯(アーク灯)を点灯 ➔初の点灯 東京 : 1882年(明治15年)日本初のアーク灯が東京・銀座で点灯 ➔電灯の実用化 神戸 : 1886年(明治19年)東京に次いで二番目の電気事業の開業 ➔電灯の地方への広がり 東京 : 1887年(明治20年) 火力発電所から発電所周辺の会社へ供給 ➔より広範なエリアでの電灯の稼働 神奈川: 1890年(明治23年)日本で初めて白熱電球を製造 ➔白熱電球のはじまり 京都 : 1891年(明治24年) 日本初の一般向け発電事業所の運用 ➔電気の市民化 東京 : 1900年(明治33年) 銀座で明治屋がクリスマス飾りを開始 ➔イルミネーション文化のはじまり 大阪 : 1903年(明治36年)大阪の勧業博覧会で盛大に点灯 ➔イルミネーション文化の本格化

江戸末期、街灯として、ろうそくや行灯(あんどん)などが使われておりました。 後述する電燈に比べると弱い光ではありますが、ガス灯の実用が横浜で行われま す。 文明開化の象徴とも言われており、当時にして革新的な西洋文化の導入にあたります。 これらは横浜の実業家である高島嘉右衛門とお雇い外国人技術者のアンリ・プレグランによってなされたもので、横浜、関内の馬車道から県庁前にかけてガス街灯が建てられました。 元々ガス灯の設置を希望していたのは外国人居留地の住人でした。1872年末には約300基の街灯がたちました。 1874年には東海道の起点である日本橋に程近い銀座でガス灯を85基導入します。 特に銀座通り煉瓦造のガス灯の点火は多くの人が集まりました。東京におけるガス事業のはじまりです。 日本での電灯のはじまりは1878年、電報の受付などを行うことになる中央電信局の開業式で、明治政府によって工部大学校(現.東大)の講堂でアーク灯を点灯したことによります。 銀座では先述のとおりガス灯が用いられておりましたが、東京電灯株式会社によって1882年にアーク灯が灯されます。 一般人が見た初めての電気の灯りで、「一にお天道様、二にお月様、三に銀座のアーク灯」と例えられるほどガス灯や石油ランプをはるかにしのぐ明るさに大勢の人が詰めかけたといわれています。 それが日本において電気照明が可能になった瞬間で、装飾的なイルミネーション文化の開花とされています。 1887年には日本橋に開設した第二電燈局(東京電灯株式会社)から火力発電による配電を開始。初点灯から9年後、発電所周辺地域において約130灯の電灯を稼働しました。 開設当時の送電先は、日本郵船会社、今村銀行、東京郵便など周辺の限られたエリアのみでしたが、1892年には14,000灯もの電灯が東京で稼働しました。 一方地方では東京電灯に次いで神戸で神戸電灯株式会社が1888年に開業。1891年には計10社の電力会社が各地で開業しておりました。 (熊本,長崎,神戸,大阪,京都,名古屋,東京,横浜,函館,仙台,) 各地で稼働していたアーク灯は非常に明るく広範囲を照らせる一方、利用料金が高価かつ強い紫外線が発生するなどの理由もあり広範囲での装飾的照明には不向きでした。 その後1879年のエジソンによって発明された、白熱電灯によって広範な使用が可能になります。 日本では1890年代に開発され、少しずつ浸透していきました。これはアーク灯よりも安全で取り扱いやすく、家庭や商業施設での使用が増えました。 これにより、街灯やディスプレイなど、より広範囲での照明が可能となり、装飾的な照明文化が少しずつ浸透していきました。 (銀座では1923年の関東大震災によってガス供給のインフラが壊滅的な打撃を受けたこと、1920年代後半から電力供給が安定してきたを理由に、ガス灯はほぼ完全に撤去され電灯に置き換わっています。)

さて、これまでガス灯➔アーク灯➔白熱電球と、様々な電灯の変化を追ってきましたが、 ここからはイルミネーションとして扱われる電灯を追っていきます。 まず、イルミネーションというとやはり、冬やクリスマスのイメージがあるかと思います。 冒頭でお話したとおり西洋における宗教観がブレンドされております。 まず、日本においてイルミネーションをいち早く行ったとされているのは、のちにコカ・コーラを日本ではじめて販売するようになる1900年に銀座に進出した輸入品店の明治屋です。 クリスマス向けの商品の販売をはじめ、ツリーの飾り付けや店内装飾を施す「クリスマス飾り」を行い、年々豪華になっていく様子が1905年の新聞に載りクリスマス飾りがさらに広まりました。

「日本初のクリスマスツリー」はいつ⇒「江戸末期(1860年ごろ)」説が有力? 起源を探ったhttps://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5fd1e7c3c5b652dce5862bb9 引用 ※画像は1922年のもの もうひとつ、現在のイルミネーションに大きな影響を与えているものは1903年の「第5回内国勧業博覧会」です。 日本で初めて「電球によるイルミネーション」が行われたとされています。 この博覧会では初めての夜間開場が行われ、会場内の大噴水が5色の照明でライトアップされました。 様々な展示がありましたが、各館が閉まった夜間でも多くの入場者がイルミネーションを目的に来場しました。 1918年では上野不忍池畔において電気博覧会が行われるなど、規模の大きなイルミネーションも行われています。 さて、おおまかに明治期の発展をみてきましたが、本質的なものは何ら変わっていないかと思います。 イルミネーションの魅力は、その多様なデザインと光の演出です。色鮮やかな光や動きのある照明効果が人々に感動を与えるだけでなく、いまでは特定のテーマや物語を表現する手法も取り入れられています。 また、冬の寒い時期には温かみをもたらし、訪れる人々に癒しや活気を提供する存在として親しまれています。 さらに近年では、LED技術の進化により、エネルギー効率が高く環境に優しいイルミネーションが増加。 プロジェクションマッピングやインタラクティブな要素を取り入れた革新的な形態も登場し、その表現の幅を広げています。 イルミネーションは、光を通じて人々に喜びや感動を与える芸術的な表現であり、時代とともにその技術や表現を進化させながら愛され続けています。 ➔次回はここまで見てきた内容とは変わって、どういった趣味性があるのか。イルミネーションが抱えるテーゼを見ていきます。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 余談ですが、銀座はいまでも銀座町内の通りごとに多彩なイルミネーションが展開されており、歴史の延長にあるな、というのがわかるくらい都内でトップレベルの感度が保たれている街だな、と私は感じます。 (表参道や六本木も美しいですが、そのバリエーションの繊細さにおいて個人的に一番好みです。) 銀座のガス灯はもう殆どないのですが、実は復元されたものが稼働している場所があるので、記事にしてみたいと思ったり。
「日本初のクリスマスツリー」はいつ⇒「江戸末期(1860年ごろ)」説が有力? 起源を探った
上野不忍池畔に於ける 電気博覧会会場 夜間開場 イルミネーションの美観