双葉町。~14年の歳月がもたらした変化~
双葉町の現在・2025年の僕たちは何を見るのだろう
by Fujita Minori
2025.04.07
この度、東北を見物しようと思い立ち電車で一回りしてきたわけだが、東北を知る上で避けては通れないのがやはり2011年の東日本大地震だろう。
岩手、宮城、福島の海岸はその被害の最前線に立たされ、福島原発もその中にあった。津波により機能が停止。メルトダウンが起こった。付近の住民は避難を余儀なくされ、その範囲は日毎に拡大し、多くの人々が家を無くした。あまりに唐突なことで、もう帰れないのだと理解するのにその事実は重すぎたことだろう。
現在、避難区域は徐々に解除されていっているが帰還は人々にとって容易ではなく、その数は元々の人口の一部にとどまっている。
私はこの地を見なければいけないと強く感じ、
福島第一原子力発電所のある双葉郡大熊町の隣町、双葉町(ふたばまち)へ赴いた。
双葉町は原発からほんの数キロの地点にある。
2025年3月1日
JR双葉駅。リニューアルし、きれいだ。
駅の西側には新設住宅がずらりと並んでいる。
駅のトイレでカメラを落としてしまった。なんたる失策であることか!
バッテリーのフタが割れてしまい、撮影続行不可。というわけでここから先はスマホの写真をご覧ください。
おかしい。
何かがおかしい。
人だ。人がいないのだ。
駅前は閑散としていて、恐ろしく静かだった。
工事の音はある。今も建物はどんどん新しくなって街は変わってきている。
しかし人の気配がない。
ちょっとしたコーヒースタンドを見つけた。
けれどそれ以外はレストランも、コンビニも、散歩するお年寄りの姿も、駆け回る子供の声もなく、家々からは生活の息づかいが聞こえてこない。
病院と老人ホームの入口を雑草が覆っている。
主要道路には車が走っているのに。
歩けども人はいない。
ひたすらに広い田んぼとぴかぴかの大きな施設。
道の先の交差点のあの角までが遠い。
目の中の縮尺がどうかしてしまったようだ。
屋久島に行った時、人がいなくて不安になった。
けれどあそこには生命が溢れていた。目に入る全てが生きていて、その雄大さに畏れた。
しかし、ここには何もない。
世界が消えてしまったような孤独を感じる。
寂しくて、淋しかった。
そうだ。
これが核なのだ。原発であり、放射線だ。
全てを奪ってしまう。
地震も、津波も、同じだろう。
しかし、それは神のすることだ。
これは、僕たちがまいた種なのだ。
もう元には戻らない。
少しずつ、少しずつ塗り重ねるしかない。
それを今、やっているんだ。
建物を建てる人、道路を作る人、計画をする人、木を植える人。
今はみんなで器を作っている。
これからだ。
そう、これからなのだ。
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